雑記

続・地域間格差と地域内格差論

前エントリー で、地域間格差論についてのブログ記載からいろいろ考えましたし、
ブログにもコメントをいただいて、そのやりとりの中で
少し頭の整理がついた気がします。

結局、件のブログ筆者は
「中学校に『底辺校』が存在する」とか、「自分の親が進学について知識を持たなかった」
「自分の周囲の人間の知的レベル、文化レベル」という、
それはそれで深刻かつ改善を要するであろう地域「内」格差を、

本屋や美術館が少ないとか、身近に大学や大学生を見ることがないとかいったことに関連付け、
無理やり地域「間」格差の問題に帰結しようとしたところが
文脈をおかしくして、書いていることに矛盾やこじつけを生じてしまった理由なのだろうと
思います。

冷静にそこを切り分けることができれば、
おそらく双方の問題それぞれに解決というか緩和への道筋ができるのかなと思いました。

物理的距離の問題、立地の問題、人口希薄地帯であることに起因する主要施設集約化の問題など、
確かに厳然と存在しますし、何度でもいいますが「釧路・根室は同じ北海道でも別世界」です。
ただ、そのような地域単独ではどうにもならない問題をどうにかしようとしてもこれは始まりませんし、
それならば、その環境の中で厳然と存在する進学への障壁や文化的隔絶性をどうするか、
考えていかなければならないというのが、釧路・根室に生まれ育った者の「業」みたいなものなのでしょう。

とはいえ、それに気づいている人は多くいますし、
そういう方々が声を上げ、地道に文化的活動をやっているのもまた事実で、
そこは比較的楽観的に私は考えています。

ただ、札幌や東京の方々には、
全道・全国一律の基準でいろいろやられると、
ちょっと困ってしまう地域もあるのだということ、
多少政策的に特別扱いしてもらわないと、
札幌・東京人と同じスタートラインに立つことの
難しい地域は実在するのだということは知ってほしいと思い前エントリーから続く
長文・駄文をアップした次第です。

一応、この話はこれで区切りとしたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

田舎と都会の地域間格差について(今更ながら阿部幸大氏の文章を読んでの感想)

本当にお久しぶりになってしまいました。

さて、
「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55353

という文章がいろいろな反響を読んでいます。

この文章が発表されてからずいぶん時間が経ってしまいましたが、

この文章を書いた阿部氏と同じ釧路出身者で、家の事情と地理的事情で進学を諦めかけたけれど
多くの幸運と複数の偶然に恵まれ高等教育を受ける機会が与えられた者として、
そして、釧路・根室が抱える潜在的な文化的隔絶性・他地域との格差の問題を
ずっと憂えてきて、今の進路を選んだのもそれが大きな理由の一つであった者としては、
さすがにコメントしなければいけないと感じて、今回の文章を書くことになりました。

長文になりますので結論を先に書きます。

この出鱈目な文脈と稚拙な例えを用いた文章のせいで、
本来きちんと議論されなければならない釧路根室の文化的閉鎖性や格差の問題が
歪んだ理解をされてしまうこと、
あまつさえ、
そんな格差は存在しないことにされてしまったり、
(札幌や東京から見た)遠隔地在住者の進学なんて今の社会では自己責任であり個人の問題、
という論を惹起してしまうことを強く危惧する。

これが結論です。

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桜桃の雫

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ラノベ原作のアニメ「妹さえいればいい。」の8話に出てきた網走の地ビールです。
(原作には出てきません。大人の事情で出てくるお酒が変わっています)
網走に来たら絶対試すと決めていたのですが、案外時間がかかってしまいました。

不思議な味でした。ビールというには、あまりにもフルーティーすぎるお酒です。
好みは…分かれるかな。

【追悼】日高晤郎さん

突然のことでした。

4月3日、引っ越しの荷物送り出しのために戻っていた根室の喫茶店で、
昼食の注文を済ませ待っている間スマホをいじっていると、
ツイッターで「日高晤郎さん死去」とのツイートが数件あって、
え、これアンチのいたずらかなと思いながらSTVのサイトを確認してみました。

訃報…との題で、その事実が淡々と綴られていました。
土曜日にラジオをつけると、そこに当たり前にあった声がもう聴けない…
前々週の放送を聴いて、なんとなくこれで最後かな…と
そう感じていたにもかかわらず、いざそうなってみると実感が湧きませんでした。
いや、当たり前というのは語弊がありますね。
水道や郵便、私がかかわっている地域医療というジャンルもそうですが、
どこにでも、いつでもあるものというのは決して当たり前ではなく、
「当たり前」にあるようにするために、多くの人達の多大な努力が隠れていたはずです。

日高晤郎ショーとの出会いはもう30年前、中学校時代になります。
STVのヘビーリスナーだった友人に勧められて聴いたのが始まりです。
当然、午前中は授業があって聴けないので、学校から帰ったあと ラジオをつけてみると、
芸能界や世相を気持ちいいほどめった切りにしている すごい人がいる、というのが第一印象でした。

一番好きなコーナーは「芸能偏見株式市況」と「ランランタクシーリクエスト」でした。
当時、違った角度からラジオのタブーに挑戦していた、明石英一郎氏のラジオとともに、
すっかり虜になったものです。

しかし、晤郎さんの真骨頂はいわゆる「毒舌」ではなく、
芸にしろ、情報にしろ、「本物」を提供しようとするその姿勢であったと思います。

振り返ってみると、自分自身の人生にもずいぶん晤郎さんの影響を 多く受けているなと感じます。
学校のカラオケ大会で「つづれ織り」を歌ったり、
テレビの「日高晤郎のスーパーサンデー」に投稿が採用されて
(たしか成人式をテーマにした四字熟語の募集で、
成人映画にひっかけて「性人鋭牙」というネタだったと思います)
記念品のケトルをもらったり…

その後高校を卒業して進学のためにしばらく北海道を離れたのですが、
晤郎さんのラジオと、明石さんのラジオを育てた土壌であるということは
北海道に戻ってくる明確な動機づけの一つとなりました。

北海道に戻り、自分で札幌に行けるようになってからは
ホール公開で「揖保乃糸」や「二段熟カレー」をごちそうになったり、
「北の出会い」で紹介された飲食店を訪れたりしました。
とくに、「中国料理 布袋」は今でも行きつけの店になっていますし、
晤郎ショーで紹介されたお店にはハズレがないのです。

BGMの選び方も秀逸で、自分の結婚式のBGMは実は、
その殆どを日高晤郎ショーのBGMで固めてました。
(これを指摘してくれる人がいなかったのは残念でしたが…(汗))

家内と、札幌在住のゴスペルシンガーNatsukiさんを 出会わせてくれたのも晤郎ショーでした。
もともと私が回っていた各地で 合唱や歌の活動をさせてもらっていたのですが、
岩見沢そして札幌に住むようになって、なかなか現地の人達とのつながりがなく
そんな中晤郎さんのボイトレをしてくれているNatsukiさんというシンガーがいて、
こんどゴスペルワークショップをやるということで人を募集しているよと教えたところ、
家内が持ち前の積極性を発揮して応募したことをきっかけに
今ではすっかりNatsukiさんの弟子としていろいろ教えていただいている次第。

そんなわけで、夫婦ともども晤郎ショーにすっかりお世話になっていました。

あまりに毎週当たり前にようにあったために、ずっと続くと思っていました。
いつかは終わりが来る、当たり前のことなのに、唐突なお別れにいまだ戸惑っています。

しばらく「晤郎ロス」には悩まされそうですが、
「良く笑えた日はいい一日だ」を忘れず、
この北海道で楽しく生きていくことが一番の供養になるのかなと そう思っています。

大げさでなく、日高晤郎ショーは私の人生とともにありました。
本当にありがとうございました。

心よりご冥福を、お祈りいたします。

行くぜ、オホーツク!

オホーツクといっても、ロシアのハバロフスク地方、オホータ川の河口に位置する小さな港町に行くわけではございません。

北海道では、オホーツク海沿岸の網走・北見・紋別地方をまとめて、オホーツク地方と呼びます。
というわけで、この4月からは網走に行くことになりました。

紋別には1年間暮らしましたが、網走はあまり縁のある街ではなかったので、とても楽しみです。

根室には以前と合わせ、3年間、中標津も含めると根室管内には5年間暮らしましたが、それだけに愛着も深く、思い出深い街でした。

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写真は通勤途中に花咲小学校の前で撮影した、根室港と知床連山を望みつつ撮ったものです。

根室のみなさま、本当にお世話になりました。

ありがとう、根室!  さようなら、根室!

道東自動車道、由仁~十勝平原間は居眠りに注意!

道東自動車道で軽自動車に乗っていた親子3名が正面衝突で亡くなるという
大変痛ましい事故が起こってしまいました。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/155307

亡くなられた親子3人のご冥福をお祈りいたします。


暫定2車線のトンネル内のドライな路面で、一度壁側に寄ってから急に対向車線に
はみ出してきた状況を考えると、居眠りとしか思えません。


この道東自動車道の由仁~十勝平原間は、いつも単身赴任元への帰省のために
札幌~根室間を往復する私も「鬼門」ととらえていました。


なにしろ、事故の起こった由仁PA~占冠PA間は50km以上離れており、
眠くなったら、むかわ穂別ICか夕張ICで出るしかありません。
しかし、それをやると通行料が余計にかかってしまいます。
だからついつい我慢して頑張ってしまうのですが、
道東道の制限速度は時速70kmですので、単純計算でも
40分以上眠気に耐えて運転しなければなりません。


これが占冠PA~十勝平原SA間だと、58km離れているので
もっとひどいことになります。


せめてこの2区間は、間にトイレだけのものでいいから、PAを作らないと
今後も同様の事故が頻発してもおかしくありません。


この区間で死にたくなければ、トイレと休憩は早めに、
由仁PA・占冠PA・十勝平原SAでは、たとえ疲れていなくとも
必ず休憩をとるようにし、
それでもどうしても眠くなったら、出費覚悟で近くのICから出るべきです。


そして、この2区間の一日も早いPA増設を、切に希望します。

2017年もお世話になりました。

今年もあとわずかとなりました。

ブログのエントリーを見ますと、
温泉がちょっとと、ログ少し、そして音楽ネタ、自作電飾PCネタくらいでしたが、
実際の生活はそれなりに忙しくて
単身赴任らしく札幌と根室を往復する生活の中で、
やれることをやってきたという感じです。
一方で外出ネタが少なかったのは、
本当に札幌~根室間の往復と仕事の出張以外の外出が
ほとんどなかったからです。
そうは言っても、道路ネタも音楽ネタも温泉ネタもラーメンネタも
やめるつもりは全くないので、
またいずれどこかで復活と思いつつ、細々と続けています。
今年はやや消化不良気味ではありましたが、
来年はよりしっかりと自己満足できる年にしたいと思っています。
今年も
本ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
それではみなさま、良いお年を!

健診と大腸カメラと自分の人生について

ご無沙汰しております。
さて、突然ですが、職場健診に引っかかり、明日大腸カメラを受けることになりました。
いわゆる「コロノスコピー」というやつです。

術者としては2000件くらいやっているのですが、自分が受けるのは初めてです。

さて、便潜血はもとより大腸がんを見つけるためにやっているわけであって、
腺腫性ポリープという大腸がんになるタイプのポリープがあったら、大きさにもよりますが
その場で切り取ってしまうことも可能です。
これまで大腸スコープを受けたことがないので、不幸にも進行がんで見つかってしまった場合でも
全身検査で治癒可能と診断されれば、手術をすることになります。

しかし、これまでの情報がないということは、すでに手術ができない
(手術をすることが良い結果をもたらさない)状態になっていることも
考えられるわけで、期せずして自分の人生について考えてしまいました。

もう43歳ですし。心は永遠の18歳なんですがね…。

そのような状態であれば、通常なら進行を遅らせ、
元気で生きられる期間を延ばすことを目指して
抗癌化学療法をメインとした治療、
そして緩和ケアと呼ばれる心と体の症状を和らげ、負担を取る治療を
受けることになります。
(誤解の向きがあるようなので、念のため言っておきますと、
 緩和ケアというのは末期と診断されてから受けるものではありません。
 がんと診断された時から始まるものです。)

当然、そのような時は自分の人生をどうしまっていくかを考えなければなりません。

家族もいますので、家族との時間も大切ではありますが、
私は今専門にしている公衆衛生・地域保健のほかにも、
職業ではありませんが、「全国の自動車通行可能国道の完全走破」という
もうひとつのライフワークがあります。
今は子供もいて、週末は単身赴任先から帰って少しでも
子供との時間を作らなければならないので、ストップしていますが、
自分にとって大事なライフワークであることには変わりありません。

私は仕事にすべてを賭けているわけではありませんので、
そうなった以上、早期に仕事は辞め、もうひとつのライフワークに走ります。
死ぬ前になんとしても、日本の国道を走りきりたい。

これらは自動車の運転を伴う趣味なので、
コントロール困難な痛みが出てくるようになり、
オピオイド(いわゆる「モルヒネ」の仲間を総称してこういいます)が始まってしまえば
もう無理です。
そうでなくとも、抗がん剤による体調不良、あるいはがんそのものによる(「悪液質」というやつです)
体調不良なんかがあれば車の運転どころではなくなります。
そして抗がん剤を始めてしまうと、骨髄抑制(白血球や赤血球が減ってしまうこと)の
経過観察をしなくてはなりません。

道内はともかく、四国や九州・沖縄にだってまだ走ってない国道があります。
抗がん剤を使い始めたらそんな遠出はまず不可能ですし、
進行大腸がんなら、出血のリスクもあります。
ただ、体力の続く限りはそれをやりたいなあと、、、
無論、寿命は縮むことは覚悟の上で、でも安全第一で体力の限界が来たらすぐやめる覚悟で、、、
車を運転する以上、事故などで人に迷惑をかけるわけにはいかないので。

ただ、ここで香ばしい方々が出てきそうなので、
(医者が使わない薬を云々…という人達です)
私も自分が車の長距離運転を伴うハードな趣味をライフワークにしていなければ、
普通に抗癌化学療法を受けるでしょうし、
私のような異常な趣味を持っていない多くの方は適応があるならそうすべきです。

そして、日本の国道を走りきるか、体力の低下やオピオイドの導入でもう走れなくなったら、
残りの人生を妻や娘と、少しでも思い出を残したい、そう思っています。

人生における優先度の選択がおかしいと思われる方、いるかもですね。
私も自分で異常と思っています。
でも、人生において、「大事なもの」と「優先度の高いもの」は違います。
今の健康な人生だって、仕事より家族が大事に決まっていますが、
でも家族より仕事が優先です。
だから、420kmも離れた単身赴任をしています。
ま、田舎住まいが趣味、というのが半分ですが(^^;

もちろん、妻が妊娠していたり、娘がとても困ったことになっていたりしたら、
そのときは家族を優先します。
それは時と場合、ケースバイケースです。
大事なものは揺らがないけど、優先度はその時によって変わります。

そんな感じで、自分が治癒不可能ながんと診断されたら何を考えるのか
脳内シミュレーションしてみました。

そこではたと冷静になって考える。

だったら、
がんで治癒不可能と診断されたらやるとかナンセンスなこと言わずに、
自分のやりたいことを、先延ばしにせず
今やっちゃえよ、すぐやっちゃえ、今週末から始めろよと(笑)

ま、それもそうなんですが、そうもいかないのが人生。

しょうがないさ、にんげんだもの。

たまり場

最近、キングコングの西野亮廣氏の「魔法のコンパス」という本を読んでみました。

読んでいる途中で違う本が読みたくなり、流れていったのですが、
文章も平易で、たぶん本気で読めば3~4時間で全部さっと読めてしまう分量です。

そんな中で、ふと頭に残った一節が…

 もっと言っちゃえば、スナックに集まる人達は、
 お酒をこぼしたら、「ママ、ごめん!」と言って自分たちで床を拭くし、
 万が一、ママが酔い潰れようものなら、
 自分達の接客を自分達でやって、お金を払って帰っていく

 これ、これ!こういう空間!

 お金払って、その場所にいさせてもらっているわけだけど、
その場所の維持を客が自分達の手でも行う。

 飲みと関係なくても、
 好きな人が好きなところに集まって、
 たまたま居合わせた人どうしで、どーでもいい話にうち興じる。

 いろんな意味でヒントをもらった。
 これだから読書はやめられない。

2016年の移動軌跡

2016

2016_2
遅ればせながら、昨年1年間のログをアップします。

本当に、
札幌~滝川間の往復と、札幌~根室間の往復以外は、
東京と大阪以外ほとんどどこにも行っていないことがよ~くわかるログです。

道内では、宗谷、後志、檜山には足を踏み入れてさえいなかったのですね。
自分でもびっくりしています。

休日は仕事以外は子供を全てに優先させているので、
もう少しはこういう生活が続きそうです。

それでは、また!

(追記)
仕事で標津や羅臼にも足を踏み入れてはいますが、
当然ログなどはとってないので、これはカウント外です。

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