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私にとっての道と地域と田舎と医療…

多くの人にとっては、どうでもいいことです。

興味がなければスルーしてください。

幼少時、物心ついたとき、傍らに一冊の道路地図がありました。
昭和52年現在で編集されたその道路地図は、今でも宝物として、大事に(でもないけど)持っています。

この道をずーっと行くと、何があるのだろう…。いつの間にやら、北海道の道路地図をたどって、まだ見ぬあの町、この町を空想で訪ねてみるのが趣味になっていました。

釧路周辺に起終点をもつ国道は、38号、44号、240号、391号、あるいは道道284号(当時)釧路鶴居弟子屈線…とか、いつかはその道の向こうまで自力で行ってみたい…が、転じてこの道を起点から終点まで走ってみたい。となっていました。

中学に入ってから、自転車で釧路からちょっと隣町の阿寒、白糠、音別、別保、標茶までちょこちょこ走りにでかけるようになりました。

そして、初めて挑んだ道道(釧路阿寒自転車道線を除く)一気完走が、中学3年のとき(オイオイ受験勉強はどうした…)道道旧284号(現53号)釧路鶴居弟子屈線。さらに弟子屈を通り越して川湯温泉公衆浴場でひと風呂浴びて帰ってきたので朝5時に出て夜10時に帰りつくという強行軍。

また、当時はアマチュア無線にもはまっており、いろいろ地元の行事などにも参加したりと、郷土愛に目覚めたのもこのころ。

高校には進んだものの、経済的事情でふつうに大学に進学するのはまず無理。その時点で考えたのは、とにかく転勤の多い職に就いて、各地のいろんな地域文化に触れたいと…。そしてその地域の道を走りたい…と。

また、道東という地域は、とくに地域間格差の大きい地域でもあり、将来は地域間格差を解消する仕事につきたい…、と、そう考えていたわけです。

おりしもtvh(テレビ北海道)が開局したものの、こちらには全く関係なし。札幌周辺しかネットしないのなら、テレビ札幌で十分じゃないか…。地域の人間は進学もままならんし、志ある人間はみんな札幌や内地の進学塾や予備校に出てしまう。地域の衰退に胸を痛めていた高校時代でありました。

で、実際の進路。そりゃやっぱり安定路線でしょう。安定していて、地域間格差の解消に取り組めて、転勤も多くて、休日には道路探検ができる仕事…って公務員しかないっしょ!

てなわけで、国家Ⅲ種(税務)、北海道職員(初級)、釧路市職員を受けたわけです。
で、技術職にも興味があったし、ちょっとは手に職もつけたい…と釧路高専情報工学科も受けてみました。
あと、受かったらまさに全国単位であちこちいける、という魅力もあり、記念受験のような意味合いも兼ねて気象大学校も受験してみましたが、これはさすがに一次試験で門前払いを食らってしまいました………。

就職の方はコネがなかった釧路市職員は落ちましたが、コネの不要な国家公務員と道職員は合格でした。釧路高専も合格。

で、どうせ自分はどこにも行かないけど…と冷やかし半分で足を運んだ学校の進路指導室。そこでたまたま手にしたのが自治医大のパンフレット。卒業後の身柄は9年間出身県が保障してくれて、なんと田舎で働くことができる。なおかつ、授業料は全額貸与+月50000円の生活費、義務さえ果たせば授業料も生活費も返還免除。卒後は転勤も多く、いろんな土地で働くことができる…と。そしてなによりも地域間格差の解消を建前に掲げている大学。

もう人助けもへったくれもないです。ま、自分の当時の偏差値で医学部なんぞ受かるはずもないのでこれも記念受験。受かったらもうけもの…。

そう思って受けたら、何を間違えたか受かってしまった…というのが正直なところです。

で、学生時代。ただ同然で先輩から譲り受けた車で、本州の道を走る快感を手に入れてしまい、目標は全国の国道走破に変わっていました。

そして卒業、国家試験合格、医師となってからは、少しは世の中も見えてくるようになり、地方では都会と違ったものが求められる…都会と同じなどというのは幻想。そう知った時、はたと考えたのは、自分が守りたいもの、守ろうとしたものは何か…ということを冷静に考える時間を与えられる状況がありました。

そこで考えたのは、地域の文化・社会…というと大上段に構えているように見えるが、実際はとても泥臭いもの。村社会の人間関係なんてそんなもんです。でもそうやって何十年何百年にもわたって築き上げてきた地域の人間関係や因習といった非常に泥臭いものは、たかだが医者ごときいなくなったくらいで崩れることは絶対にありません。

逆に地域社会が先に崩壊して医療崩壊が後についてきたような地域では、その地域の基幹産業が必要とされなくなる(旧産炭地や鉱山など…あるいは大工場の撤退とかあるいは農作物の輸入拡大とか)のが先行する場合が多いです。真に地域社会をつぶすのはそういった時の流れなのです。

そう考えると、「地域医療」というけど、本当に無力です。
地域を守るなんて、畏れ多いもいいところ。

発想の転換で生まれ変われた地域は、幸運です。
しかし、多くのまちはそうはいきません。

あるがままの地域文化を見守ること。
その地域で生まれ育つ小さな命と、なにがしかを生産する若い命、そして、死にゆく老いた命を見守ること。

そしてその地域に住む、地域を背負った、個々の人間が、
限られた時間しかない中で最高の人生を歩むお手伝いをする。

それが私に課せられた使命なのかなと勝手に思い込んで田舎で働かせてもらっています。

最高の名わき役でありたい…それが今の私の望みであります。
もちろん、主役は、まちと、そこに住む人間…。

そして昔夢に見た国道制覇と、道道制覇は、今も鋭意進行中。
田舎を守りたいと、そう思う強烈なモチベーションのもとですから!

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