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神戸大学「不適切」入試について考える

はじめにお断りしておきますが、このエントリーも含めブログの内容に関してはすべて筆者の個人的見解であり、所属する組織は一切関係ありません。

 

    神戸大:医学部推薦入試で医師不足地域受験者に加点https://mainichi.jp/articles/20181123/k00/00m/040/148000c



 一連の医学部入試「不正」事案に関連して、神戸大学で「いわゆる僻地・医療過疎地」出身者の点数を嵩上げしていたことが発表されたようですが、私としては、

よくやった!神戸大学!!

と心の底から快哉を叫びたいところです。

たしかに、「大学という教育機関」が、入試を受けたものの属性で区別・差別を行うことは良いか悪いかと言えば、良いとは言えないでしょう。

しかし、「医師という職業人養成機関」であり、地域医療を担う責任を持たされた医育機関として考えれば、これはある意味当たり前の判断とも言えるものです。

そもそも僻地・医療過疎地出身の高校生・受験生は、偏差値価値観的には大きなbehindを背負っていることはもう明らかですし、また今のところはっきりしたデータは寡聞・不勉強にしてわかりませんが、都会出身者よりも僻地出身者の方がへき地・医療過疎地の医療を担ってくれる可能性が高いと考えるのは自然なことです。

それこそ不適切かもしれませんが、家庭環境や経済環境に恵まれない人を優先して選べばもっといいかもしれませんね。大学院進学や留学なんてある程度、実家などの経済的基礎がなければできないし、そのような人は、学問的に上に行くことより収入の多いへき地や離島に好きこのんで行くでしょうから。実例はあります。私がそうでしたから。

むしろ偏差値やワンポイントの試験の点数だけで選んでいることが医者がへき地に行きたがらない原因の一つになっている可能性だってあるわけで、私の立場で言うのも難ですが、これは地域枠に奨学金を被せている自治体単位で考えてもよい政策であると思います。それを「学問の府」である「大学」が自主判断で、しかも入試点数の嵩上げという手段で、かつ明示せずに行ったからこれだけ非難を浴びているわけです。

かつて自治医大の学生時代の臨床実習中に、とある科の指導医の先生に

「うちの大学のように決められたカリキュラムをこなして、卒論もなく試験合格のみを目標に人材を作りだして輩出し、行き先もほぼ決められているなら、別に大学じゃなく医学専門学校でいいんじゃないですか? 大学を名乗るなら純粋に学問の場であるべきで、今の状況は不健全と思います」と生意気にも意見したところ、

「君は自分が患者として『大学も卒業していないどこの馬の骨ともわからないあんちゃん』に診られたいのかね?」と言われたのを思い出しました。

日本の医科大学・医学部というのは他学部と全く異なる位置づけがされています。文科省の管轄下にあり、「大学」を名乗っていますが、医師の人数調節のため入学時点から既に人数調整がされ、実質的に「職業訓練校」です。

大学とは本来「学問の府」であり、「学問の自由」の名の下、自治権も確保され、入学者を選ぶことも、研究内容も、指導内容も、そして卒業後の進路にしても全て自由なはずです。実際に多くの学部では、自分の専門分野をそのまま職業としてストレートに活かせる人はむしろ少ないとされています。それを理由に医学部を目指す人もいるくらいです。

しかし、医学部卒業生は国家試験に何度も失敗したりなどの特殊事情がない限りほとんどの人は医師あるいは医療関係の仕事に就きます。

大学医学部における医師養成には多額の国家予算・自治体予算が組み込まれており、ドロップアウトした人間は「税金泥棒」扱いされます(さすがに「一人一億」は都市伝説ですが)。「医学部はつぶしがきかない」とは使い古された表現ですが、だからこそ入学時点での人数コントロールが利きますし、大学側としては一人でも脱落者を減らすことに躍起になるわけです。そうでないと、大学が税泥扱いされかねませんから。

つまり、日本の医科大学・医学部は、「学問の府」でありながら、「医師養成専門学校」でもあらねばならないというハムレットのような状況に長年置かれてきたわけです。
そしてその時々の都合で「大学」であることと「医師養成機関」であることを使い分けることを余儀なくされたわけです。


東京医大はどうかわかりませんが、少なくとも神戸大学は、「医師養成専門学校」としての「地域で働く医師を輩出する」という社会的責任を果たそうとした結果がこれだと思いますし、

それを「不正」という一言でくくって一方的に批判してよいものなのでしょうか???

 

すでにいろんなところで「実質医局枠」と化している現行の地域枠の「運用」には個人的には批判的であるものの、これは「許される不公平」ではないでしょうか。

学問の場である大学入試に属性による差別を持ち込むことが愚かであることは否定しませんが、「政策」「施策」として考えたとき、「純然たる公平」イコール「社会正義」とは必ずしも言えなくなります。そのことをよく考えるべきです。

私ごときが20年以上も前に気づいていたくらいですから、おそらく大学医学部のハムレット状態には旧厚生省も旧文部省も当然わかっていたはずで、本件については

そのような状況を長年にわたり(たぶん)わかっていながら放置してきた旧厚生省・旧文部省の責任は重い

と言わざるを得ません。

私個人としては、

・国公立医学部は全て「大学校」に組織改編し、文科省の支配下から離す。

・その上で各国公立医学部は純粋な「大学院大学」とし、そこでは学問の自由、大学自治権は全面的に保証する。(「医局人事」の問題はまた別。ここでは触れません)

 が、最もすっきりして良いとは思いますが(私立大学医学部の問題は残りますが、それは突き詰めて考えると、ちょっと大きな声では言いたくない方向の結論にしかならないので、ここでは触れません)、

いずれにしても、神戸大学が本気で僻地医療を考えてこのような施策をとっていたのであれば、その一点に関しては

神戸大学グッジョブ!

と本気で思いますし、

・医師を目指す高校生・受験生のための教育資源は大都市に大きく偏在している。

・学習能力の評価に当たって用いられる「偏差値・試験点数」は、教育資源の多寡や環境に大きく修飾される。

という現実からも、

今回の神戸大学の一件を一方的に「不正」「不適切」として、「学問」の立場からのみ断じてしまってよいものではないと私は思いました。

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