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【公衆衛生医のお仕事27】北海道胆振東部地震と災害時の公衆衛生

9月6日午前3時8分 厚真町の震度7を最大震度とする地震が発生し、全道が停電しました。

現時点(9月8日朝8時)で、道内99%が停電から回復しておりますが、
いまだ停電の続いている世帯や、避難中の世帯もあり、
また揺れの大きかった地域では行方不明者の捜索も続いており、
まだ災害急性期は終わっていません。

私の勤務地域は全道でおそらく最も揺れの小さかった地域ですが、
それでも保健所や振興局は停電対応に追われ、昨日(7日)の夜、
ようやく自宅待機体制となり、自宅(公宅)に帰宅できました。

実は単身赴任元の家族の住む地域(札幌市東区)は震度6弱だったのですが、
いろいろあってあと2週間くらいは帰れなさそうです。
ちょっと自分と家族の人生について考えてしまいましたが、
こういう仕事なので、しょうがないと腹を括って次に進むしかしょうがありません。

今回は「全道住民」が被災者となったわけではありませうが、
まずは亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、
負傷者のみなさま、現在も避難生活をしていたり、後始末に追われている
被災中心地住民のみなさまに心よりお見舞い申し上げます。

こちらはほとんど揺れがなかったため、停電で目が覚めました。
枕元のスマホを見ると、胆振東部で震度6強とニュース速報が出ており、
同時に停電が起こった理由まで思いが至らなかったのですが、
どうも全道が停電しているらしいことが判明し、
保健所の職員より電話があり、
道庁本庁および振興局に災害対策本部が立ち上がり、
第3非常配備(全員出勤)が発令されたと連絡があったのですぐ出勤しました。

私の役割は
1,災害対策本部の本部員としての役割と
2,担当部署(保健所)の長としての役割、
3,振興局保健環境部長として管内に3箇所ある保健所を総括する役割の
3つでした。

情報収集・分析にあたり、不足する社会資源を整理し、
それを災害対策本部に上げ、需給バランスの調整をはかることが
核になる部分ではありますが、
災害時のリーダーは誤解を恐れずいえば、
「いかに何もしないか?」がポイントとなります。

私自身が実際にやった仕事といえば、
初動でまだ集まった人数が少ない段階の体制を組み
クロノロ(経時的記録)の書き方を知らない職員に指南し、
情報整理のやり方を職員にさっと教えたあとは、
人が大体そろってくると
大きな部分の決断と、
どうしてもリーダーや医師が出ないといけない外部との調整作業、
会議でのプレゼンテーションや説明を除いては、
職員と話す、励ます、適宜休みを指示する、
優先度の高い仕事だけ直接指示する、
時々EMIS(災害時医療情報システム)の使用法を職員が困ったときに教える、
急ぐときは自ら代行入力する
自分の身の安全を第一に考えるよう指示する、
生き残った検査室の冷蔵庫用の電源を使用して
携帯などを充電するための充電器とケーブルを提供する、
ぐらいの仕事しかやっていません。

うちの職員も大変な中、本当にがんばって業務に当たってくれました。
皆様に心より御礼申し上げます。

あとは、その合間を縫って、停電のためにあまりコミュニケーションのとれない
管内他保健所の所長への情報共有でした。
これが一番手間がかかりました。

電話口頭での報告もいいのですが、
電話よりメールの方が正確性が高く
(言った言わないの問題が避けられ)
かつ通信手段の問題で電話よりはるかにコンタクトがとりやすいということもあり、
管内他保健所の所長とコンタクトがとれることの確認後は
(これは真っ先にやったことの一つです)
全て私用メールでの連絡としました。
コピー機も職場のPCも使用できないため、
自分の携帯とノートPCを持ち込み、
情報を整理して要点をテキストの手打ちにしたり、
メモを写真に撮って送ったり、この作業に意外に時間を食いました。

助けられたのは、当地の災害医療の重鎮である基幹病院の医師が
大学の同級生で、とてもコンタクトがとりやすかったことです。
彼は日頃からうちの職員にも一定の支持を得られており、
そのことで医療側との情報共有や調整が本当に楽で、
本当に助かりました。

管内の医療については、現場の医療機関職員のみなさまが必死で動いてくれたおかげで、
CTやX線装置が働かないとか医薬品などの在庫に問題があったりなどの制限の中で、
完全休診をほとんどの病院が回避したことは特筆に値します。
この場を借りて現場病院職員のみなさまに御礼申し上げます。

一方で、診療所は休診になってしまったのがかなり多かったですが、
これはマンパワーなどを考えるとやむを得ないところがあります。

揺れが少なかった当地で最大の問題となったのが人工透析ですが、
透析施行施設どうしがしっかり連絡をとりあっており
(時々保健所が情報共有に介入しつつ)
停電が長期化した場合の透析患者大量移送などの可能性を考慮しながら
最終的にはそのような最悪の事態には至らず
ほぼ全医療機関の電源回復まで乗り切ったこと、
これも現地医療機関職員のみなさまに感謝しかございません。

一方で、緊急時・急性期の臨時電源や発電用燃料の確保、
(病院外での地域の)備蓄や優先度の検討という点では
一定の課題を残したものの、そちらはとりあえずあとの振り返りでの検討事項であり、
まだ振り返る段階ではないので、いまあるもので進むしかないでしょう。

現在は、管内の主要医療機関はごく一部を除いて送電が回復し、
超急性期は乗り切ったというところです。

実は、本庁から声がかかり、週明けから、
被災中心地である、苫小牧保健所や、厚真町のヘルプに入ることになっています。
いわゆるDHEATと呼ばれる業務であり、
ここらへん、DHEATとは何か、詳細に解説している余裕までは今はまだないので、
長崎から西日本豪雨に人が派遣された事例ですが
https://www.ncctv.co.jp/news/56263.html
をご覧ください。

また帰ってきて、少し落ち着いた時点で、
できる範囲で災害時の公衆衛生について書きたいと思います。

被災地のみなさんはもうすでに頑張っているので、
今更「頑張れ」とは言えません、
ところどころで休みをとりながら、何とかまずは災害急性期を乗り切りましょう。

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コメント

>振興局長や首長を指すのであれば、「リーダー」というよりは「トップ」という言葉が適切かなと思いました。

首長や振興局長や保健所長や振興局保健環境部長はトップなのかリーダーなのか参謀なのか、行政庁としての保健所長たる自然人とその自然人個人との関係など、平時ならば講学上の言葉遊びの題材ですが、災害時などの緊急時にはどうあるべきか、というコンセンサスは必要と思います。

イメージで考えると、トップは静的、リーダーは動的、参謀は黒子でしょうが、西郷隆盛が参謀やリーダーとしては成功し、トップとしては失敗し敗死したように、個人の資質や適性や周囲との関係性も大いに影響するものと思います。
平成フタケタ時代の総理大臣やタレント出身首長はあえてリーダーのイメージを前面に出しており、「絵」が欲しいマスコミの要望に応えて日本国中の首長がこれに倣ってきているように思います。
昭和~平成ヒトケタ時代に私か勤務していた北海道周辺地域では、支庁長や保健所長であっても、地元新聞が言動を写真・発言入りで取り上げ、本人もあえてリーダーのイメージ作りを意識していたように思います。

今も、単純に整理すれば局保健環境部長は補助機関たる自然人、保健所長は行政庁たる自然人、道内に2名いる局技監は参謀たる(補助機関たる)自然人ですが、災害時などの緊急時にその自然人たち(同一人物なのですが・・)が具体的にどうふるまい、首長を含む上司や住民からどうふるまうのを期待されているかについては、その時その時ですべて異なるように思います。

そのイメトレなしに緊急時の保健所のリーダーシップ、メンバーシップを全国目線で訓練しても、保健所や行政機関そのものが多様化してしまった今となっては、あまり役に立たないかも知れません。

また、実際のはなし、冒頭に述べたコンセンサスが平時に得られるとは思わないので、今の職場で有事にはどうふるまうべきか、という覚悟を個々人がしておき、有事になったら信念をもってそれを発揮する、ということしかないものと思います。

そういう意味でも、先生の今回のお働きは素晴らしかったと思います。

>通りすがりの関係者 さま

 お見舞いおよび補足、ありがとうございます。
 文章の中ではなかなか伝わりにくかったかもしれませんが、
 「組織内組織のリーダー」としての役割と「対策本部の一本部員」としての立場を
 同時にこなしていく必要があったという点を書きたかったというところはあります。

 振興局長や首長を指すのであれば、「リーダー」というよりは「トップ」という言葉が
 適切かなと思いました。

 ただ、感じるのは、災害対策の研修などをやっても思うのですが
 保健所長がトップである組織をモデルにしているため、
 そうでない、統合組織の一部門長(あるいはナンバー2)であるところの保健所長の場合の
 ストラテジーが確立していない気がします。

 もっともこれも、人任せではなく、自分、あるいは自分の属する組織で
 ちゃんと考えないといけないのでしょう。

 細かくはいろいろありますが、走り出した列車を止めることはできないので、
 せいぜい振り落とされないよう、がんばります。

お疲れ様です。まずは停電も含め北海道全域が被災地になったことに心よりお見舞い申し上げます。
>災害時のリーダーは誤解を恐れずいえば、「いかに何もしないか?」がポイントとなります。

おっしゃることに補足すれば、災害のリーダーは自分の姿を組織の内外に見せつつ、内部に向けては「いかに何もしないふりをするか?」かと思います。

先生は超急性期の立ち上げをきちんと行ったうえで、あとはうまく回るように黒子になっておられたとのことで、「組織内組織のリーダー」としては理想的なお働きと思います。

ただ、先生がお使いになった「災害時のリーダー」という言葉は、戦後昭和の公衆衛生ならば間違いなく保健所長でしたが、今ならばたとえ公衆衛生であっても、少なくとも対外的には統合組織の長たる地方振興局長だったり首長御一人だったりするわけで、保健所長を含む部下としては、振興局長や首長が住民の眼に頼もしく見えるよう演出する仕事は欠かせないと思います。

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