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医師偏在の処方箋…への処方箋

はじめに断っておくが、このエントリーも含めて当ブログの内容は個人的見解であり、所属組織とは何らの関係もないことを確認しておく。

ずっと、読まなきゃ読まなきゃと思っていて読めなかった、道医師会の雑誌の「北海道の地域医療を立て直す」特集をようやく時間がとれて読むことが出来た。

その中で、「医師強制へき地派遣論」と「医局制度復活論」、そして「医師のモラル論」が余りに多くて驚いた。

「医師強制へき地派遣論」だが、これは言うに及ばず。
資質も希望も能力も無視する形で派遣された医者の診療を受ける住民がいい面の皮だ。

「わが街に警察も消防も郵便もあるのに、何故医者だけがいないの?」という質問に答えられなければならないという趣旨の記載もあったが…

基本的に警察、消防、郵便は、組織が一元化されその人事で動いているが、医者はそうではない。
だから、医者の人事も誰かが管理しなければならないということなのだろうか?

なるほどそれは一面正しいし、医師が国家資格である以上、何らかの縛りが必要というのも頷けるが、
セクションリーダーであっても組織の一員としての仕事が要求される警察・消防・郵便と、
必然的にトップとならざるを得ず、個人の資質でその地域の医療の質が大きく左右される医師の派遣を同一視してはならないと思う。
要求される仕事の質が違いすぎるのである。

一方の「医局制度復活論」。
過去の時代に大学医局に所属しなかった「一匹狼的医師」にあまり質のよろしくない医師が一定割合でいたことと、
医局が優れた教育機能を持っているかどうかということは、私は別の議論だと思う。

すでに医局の崩壊した時代にもう一度医局を復活すれば、医師の質が上がるのか?

マッチングの需給関係もあるのか、あくまで印象だが、
実際に研修医の指導も経験しての率直なところ、
最近では市中病院での研修を希望した研修医の方がむしろ自分の知識や勉強に切迫感があって
優秀だったり、将来優秀になるのだろうなと思わされたことの方が多かった。

私の後輩でも、外科で大学医局に所属しない選択肢を選んだ医師が複数いる。
外科は「手から手へ伝えられる職人芸」であることは誠にその通りだが、
勉強のしかたを自ら考え、研修先を選び、必死で頑張ることで、
十分その差は埋まるものだと痛感させられた。

そのような人たちまで一律に大学医局に閉じ込めようというのは、
はっきり言って暴論だと私は思う。

もちろん、今の世の中にも「大学医局」は存在するし、
自分の医師としての将来を教授や医局長、医局の先輩にプロデュースしてもらうという選択肢そのものは
当然あってよいと思われる。それを否定するわけでは断じてない。
そうしたい人はそうすればいい。その意味で「医局機能」には未だに意味があるとも私は思っている。

3番めの「医師のモラル論」は、へき地の診療に携わることは医師の義務である、とする論であるが、
では、全国的に数が少なくてとても困っている法医学分野はどうするのか?行政医師は?
解剖学などの医師資格がなければできない基礎研究は?
これらはニッチではあるが、世の中になくてはならないニーズであることは論を待たない。
「医師強制へき地派遣論」でも述べたが、医師個々の資質や興味、希望も無視して
単に義務感だけでへき地に一定期間行ってもらうというのは、私は大いに違和感を感じる。

これらの論で、大変強く感じたのは、
あまりに「医師個々の肩に社会防衛を背負わせすぎ」ということである。

これからの地域(ここでは「へき地」ではなく、へき地も都会も含めた全ての地域医療を指す)
の医療は、個人の資質や献身に依存するのではなく、
システムでやっていかなければ立ち行かなくなるというのは
過去のエントリーで口が酸っぱくなるほと論じていることではあるが、
残念ながら「へき地」と呼ばれる地域では未だにそれが当たり前に行われているし、
現状ではある意味必要悪として受け入れざるを得ないのであろう。
だが、
「医師個々のモラルや義務感に依存した体制は、その医師の事情の変化によって一瞬で崩壊する」
というのもまた事実であり、医師の少ない地域の医療のシステム化は少しずつでも
行っていかなければならない課題なのだろう。

ただ、それを「医師の義務」として全ての若い医師にかぶせようとすれば、
制度としての「失敗」はないかもしれないが、
医師過少地域の医療レベルは、さらに低下するだろうと私は考える。

これは「医師の義務」とするよりは、「大病院の義務」とした方がいいと思う。

一定の数の医師のへき地への最低1年以上のスパンでの「常勤医の派遣」を
「基幹型臨床研修指定病院」の指定要件に組み込んでしまうという手もあろう。

「研修病院だって人手は不足してるんだ!」という声が聞こえてきそうではあるが、
では、そもそも論として、そのような「人手不足」病院で満足な研修医教育ができるのか?
いないなら、へき地診療に携わる能力のある医師を雇うか育てればいい。
「へき地診療」には「へき地診療」なりの専門性が必要だ。
それを実践して人を育てている講座や団体、研修病院は道内にいくつもある。
それができるのが「基幹型研修病院」だろう。

少なくとも医師会の雑誌に限らず、そういった議論は余り出てきていなかったように思う。
何か理由があるのだろうか…?

これも「暴論」と言われそうだし、現状を考えると「暴論」であることを否定はしないが、
少なくとも、現状の医師偏在の原因・対策を医師個々のモラルに帰してしまうような
システム構築論の乱暴さよりはまだましと思っている。

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コメント

自分も診療科や地域ごとに定員を設ける事自体は自分も賛成です。
というか診療科の偏在を解消したいならそれしか手段は無いと思います。
また医師会が今のところは静かなのは不思議ですね。
仰る通り眼科で開業してるのに息子は眼科医になれなかったとかになりそうですし
少し前なら猛反対してそうですが

>名無し さま

医局制度の復活については、本文にも書きましたが、
医局に属していない医師に一定の割合でおかしなのがいるのと、
医局が医療の質を上げているかどうかは、全く別な問題です。

しかしながら、医局が地域医療に対しきちんと責任を負ってくれるのなら、
大学中心になるのもまあいいかなとも思っています。
ようは、住民が損をしなければいいわけですから。

とはいえ、医局制度が復活したからといって、
医局が有効な人事が行えるほどの体力が復活するかどうかは別問題で、
やっぱり先が読めない…。

標榜科や専門医の定員制は、むしろ積極的にやるべきとも私個人は思っています。
ただ、それは医師免許はとったが専門医の道を選ばなかった人が
何をするかというビジョンをきちんと策定した上でということになろうかと思います。

ただ、医師会がどう動くか…
親が開業医で、子も医師免許をとったはいいが、
定員制のせいで親と同じ科を標榜できないなんてことになればこれは悲惨です。
それを見越してなお医師会が本気で標榜科の定員制を推しているのなら、
私はむしろ応援したいと思っている立場です。

いずれにしろ、制度変更の向こうには、患者住民がいるということ、
制度の網から漏れる住民や患者はどんな優れた制度であっても必ず出現するので、
そういう人たちに対する手当をどうするのか、
この2点さえ踏まえた制度なら誰が得をしようが損をしようが、というのが正直な所感です。

上記

医師会が開業規制を主張してると書きましたが訂正します。
ただしくは四病協です。
失礼しました。

https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/169768/

http://www.tokushukai.or.jp/media/dnet/img/dnet37_pdf/DN37_2021.pdf

https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/203168/

https://www.recruit-dc.co.jp/rdc/feature/miraiyosoku/

https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/394053/?category=interview

ここら辺を読むと自由標榜制の廃止と診療科に地域ごとに定員を設けるというのは既定路線かと思われます。
お偉いさんの中ではそういう方向性みたいですから
自分が臨床に魅力を感じない要因にはこういう政治的な力が露骨に働く事が多いからというのもあります。
どう考えても厚労省は医師の偏在と将来的な人事権の掌握を大学側はかつての医局制度の復活を
新制度を導入する事で狙っていますからね。
上記記事にあるように某関西の旧帝大では関連病院が基幹施設として手を上げないように妨害してる
なんて噂が出てますから
また医師会もこの制度により診療科の定員制限と開業規制を主張してるんですよね。
みんな自分の利害ばかりでマクロな視点から医療をどうするのかという議論がなくてガッカリします。

>名無し さま

わかりやすい解説ありがとうございます。
やはり、、、といった感じですね。

専門医制度は、今後、科の標榜にも影響してくるのではとも言われています。
そこを前提とするとふたつの懸念が出てきますね。

一つは、マイナー科標榜医問題。
北海道では、基幹病院レベルでもマイナー科は一人医長体制だったり
することも多く、
眼科、泌尿器科、皮膚科など田舎でもそれなりにニーズのあって、
総合診療医による代替が難しい部分の多い科が
そういった病院で存続できなくなったらどうなるのかという問題。
直近の眼科まで200kmとかありうる話ですから、
糖尿病性網膜症の進行予防とかどうすんだとかそういう話ですね。

ふたつ目は、
今まで大学がいやで市中病院で後期研修を受けていた人たちが
市中病院での研修に制限が加わると道外に逃げてしまう懸念。
これは、札幌医大の定員のほとんどが地域枠になる関係で
ある程度阻止できるのかもしれませんが、
名無し様のおっしゃるように成績で標榜科が限定ということになれば、
北海道のとくに外科や産婦人科にどんな医師が残るのか…

絡んでくる要素があまりにも多すぎて、
どんな形で問題が顕在化してくるかが読めないのです。
難しいですね。

なんか、北海道ローカルな話ですみません…(((^^;

厚労省の政策(医療機関の集約化)と新専門医制度を合わせて考えると
おそらく中小規模の病院と開業医は総合診療専門医で大規模病院のみ他の専門医にしたいのだろうなと思います。
また新制度は診療科と地域ごとに定員を設けることも考えているようなので診療科と地域間の偏在解消の狙いもあると思います。
おそらくアメリカのように成績ごとに自分の診療科を選ぶようになるのでは?
また当然診察報酬での誘導もするでしょうから勤務医でも診療科で年収に差がつくようになるのかもしれません。

>名無し さま

ありがとうございます。
本文にも書きましたとおり、医局制度にも一定の意味合いがあって、
それを理解しつつ、医局機能を必要として入局する人もいるわけです。

しかしながら、そう感じない人ももちろんいるわけであって、
これまでは民間病院での研修を選んでいたわけですが、
その人達が、新専門医制度が施行されたら、どちらの方向に流れるか…ですね。

私として心配なのは、この制度、更新にもそれなりの症例数が必要となるようなので、
それが稼げる病院が非常に限られるということになると、
200床前後の中規模クラスのセンター病院で活躍してきた専門医が
生き残れなくなって大学周辺の病院に逃げてしまう可能性です。
当然、それまでその専門医に教えを乞うていた若い医師も寄り付かなくなるわけで、
それは北海道の場合は地域医療の崩壊どころか、壊滅に直結します。

マンパワーを取り戻した各大学医局がそれにどう対応するかです。

いずれにしろ、不確定要素が多くて起こることが読み切れないというのが正直なところと思います。

新専門医制度は医局の復活を狙ってるように感じます。
研修施設は大学中心になるようですし専門医を取得するなら地方では入局必須になりそうです。

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