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「医療崩壊への思い」~ささえる医療ブログより

「ささえるクリニックとNPOささえる医療研究所」のブログからの全引用です。

いつも、引用していただいているので、こちらも同じようにやってみます。

最近、北海道のある地域の自治体病院で医師の辞職が決まり話題になっています。

 

正直、「またか」という思いですが、冷静に考えると「仕方ない」とも思っています。

マスコミは相変わらず住民の不安の声を拾い上げては道や国、あるいは辞めていく医師を批判し、何の解決にもならない報道を続けるだけです。

 

全国的にもそうかもしれませんが、北海道の地方では殆どの地域で人口が減って、高齢化が進んでいます。

考えてみますと、日本全国の人口が減っているのですから、理由もなしに地域の人口が増える訳もありません。

反対に札幌などの中心都市に人口が集中しているというのが現状だと思います。

 

一方で、北海道は人口当たりの病床数は本州よりより多い状態が明治時代から続いています。
意外に聞こえるかも知れませんが、北海道には病院が多く、昔の北海道の医療政策は「
1つの町に100床の国保病院を作る事」だったので、人口にあまり関係なく、北海道では田舎に行っても案外大きな自治体病院が沢山ありました。

「北海道は寒くて広いから」と言えば妙に納得するのですが、寒くて広い地域は北海道だけではありませんし、交通機関が整備されて都市部の病院に通う人は昔よりはるかに増えたと思います。

そこには大学から医師が定期的に派遣され、多額の税金が投入され何とか成り立っていきました。

しかし、地域経済が疲弊し、大学病院にも医師が確保できない状態となり、一気にあちこちの地域で病院が維持できなくなっていきました。

 

昔は人口も多くて、総合病院等の大きな病院も成り立っていたのですが、人口が減少しても同じ規模の病院を維持しようとします。

採算だけでいえば、総合病院であれば人口10万人に1つあれば良いのですが、例え人口が1/10になっても「高齢化したので必要」「命に関わるから」「近隣まで距離がある」等々最もらしい理由が沢山出てきます。

ところで、本当に「命に関わるから」昔からある病院が必要なのでしょうか?

 

医療崩壊が起こる時、殆どの方が「命に関わる」「何かあったら」「助かる命も助からない」等と言いますが、では、本当に医療崩壊したり、病院の規模縮小になった地域の死亡率が高くなり、平均寿命が短くなったのでしょうか?

少なくとも私はそんな話を聞いた事も無いし、経験した事もありません。

 

実際に平均寿命が長く、健康寿命も長く、癌の死亡率も低いのは長野県ですが、長野県に病院が日本一多く、医師の数も多いといった話は聞きません。

むしろ検診の受診率などが高く、住民意識の高さの方が大切だというのが現実です。

 

例え病院が無くなっても、住民が検診や健康づくりで頑張れば日本一長生きな地域は作れるし、生活できるのではないでしょうか?

今の日本は「不安」と言えば何でも被害者の様になりますが、病院は不安の解消の場ではないし、世界一長生きで、世界一の医療を受けている日本人はある意味「世界一安全が守られている」のであって「安心」は税金で守るのではなく、自分の問題ではないでしょうか?

主だった産業が無い町にとって、役場と病院と学校は大切な雇用の場で、それが無くなると若い世代の働き手が一気にいなくなってしまいます。

 

本当に「命に関わるから」大きな病院が必要なのでしょうか?

私はむしろ「地域の雇用を守りたいから病院を維持したい」というのであれば納得できます。ただしその場合、国の税金を使わないで地域住民が自分達で負担して維持すべきです。

少なくとも次の世代に借金をしてまでやる事ではないですし、民主主義国家なので人口の多い所に税金の配布を優先するのは当たり前です。

 

そして「雇用を作る」のは国の仕事でしょうか?「田舎は仕事も無いから住めない」と言いますが、起業して納税して雇用を作るのは国や行政の仕事ではなく、住民の仕事ではないでしょうか?国や行政がそれをサポートするのは分かりますが、いつから日本は社会主義国家になったのでしょうか?(世界一成功した社会主義国家だというご意見もありますが・・・)

要は 本当に必要な医療機関なら住民が負担してでも守るべきですし、「命に関わる」というのは言い訳で、時代背景も人口も変わった現状では、ただの既得権益の維持を次の世代に借金をして、しているだけなのではないでしょうか?だから他所の人が住まないし、若い人達が出て行くのだと思いませんか?

 

人口が減ったなら医療機関の規模は縮小して当然です。

維持したいなら人のせいにしないで、その地域の人達が地元の医療機関を使い、自分達で負担してでも守るべきです。国の税金を使って直接的な負担が無いから我儘を言っているだけの話です。

 

地元の病院を使わないで、普段は都市部の病院に行って「権利だから」といい、何か困ったことがあればコンビニ受診して「権利だから」というのであれば、そこに勤める医療従事者がいなくなって当然ですし、遣り甲斐や地域に対する愛着が湧く訳もありません。

 

少なくとも医療保険は「相互扶助」が原則で、自分さえ良ければいいという人達のものでは無い「社会保障制度」だと思います。

 

私がこれからの地域に必要なものに挙げているのは「覚悟」「愛着」「物語」です。

少しぐらい不便でも、自分達が出来る事をやるのが地域には必要で、国や道に文句ばかり言っていても仕方ないので、すぐに行動すべきではないでしょうか?

 

どうすればこの地域が必要とされるのか?他所の人達が住みたいと思うのか?地元出身の若い世代が残りたくなるのか? その答えは絶対に国や道が与えるものでは無いと思います。

そして考えない地域が消えた方が、次の世代の負担を考えると健全です。

市町村合併で故郷が消えてしまった私でもそう思える様になりました。

 

医療崩壊に関して言えば、公的機関、公設民営、民間と経験してきましたが、リスクを負って民間で起業して、「公」として運営するのが良いと思っています。

地元に納税して雇用を生み、対等な立場で意見を言えるし、公的医療機関でなくても連携も出来るし、システムも作れます。

公務員で診療所の所長だった時は、役場でいえば課長職でした。

どんなにいい仕事をしていたとしても、所詮課長ですから、社長(首長)の方針に合わなければ自分が辞めるのは当然の事です。それが公務員の限界だとも思えます。

 

真面目に働く医師が頑張り過ぎて、悪気が無くても住民が自分で考えなくなると医療崩壊する、というのも今まで何度も見て来ています。

所詮、医療や福祉は目的では無くて手段です。

そう考えれば目的が無い町に住む人はいなくなるし、楽しく無くなりますね。

 

自分達に何が出来るか?と考えてあちこち足を運ぶような住民が北海道に増えてくれたらいいな、と考える様になった今日この頃です。

 

 

NPO法人ささえる医療研究所 代表 村上智彦

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お読みになって皆さんでお考えください。

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