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セカンドオピニオンを求めると怒りだす医者

このエントリーを書き始めるにあたって、これだけは言っておきます。

セカンドオピニオンの求めを受けて怒りだすような医者に、
医師を名乗り患者を診察する資格はありません。
もしそういう医師に遭遇したら、即刻転医すべきです。

ここまでで私の言いたいことの半分は言ってしまっているのですが、
今回は残り半分についてです。

一般にセカンドオピニオンとは、現在自分の受けている診断や治療に際して、
別の専門家の意見も聞いて今後の治療方針の決定に役立てていく、といった意味を持ちます。
なので、何を根拠に現在の診断に至り、これまでどういう治療を行ってきて、
これからは何を目標にどういう治療を行っていく方針であるのか、それを
きちんと文書で記した手紙を持って行くのが必須条件であります。
更に、それまでの診断根拠となった所見を含むレントゲンやCT/MRIの画像ですとか、
血液検査の過去データなどは必ず必要になります。

患者側からの求めで行うこともあれば、医師側から現在の治療行為で本当によいのか
より知識・経験のある専門医の判断も聞きたい、という理由で勧めることもあります。

一方で、どこどこでこういう診断をされたのだが本当にそれでよいのかこっちで
診てもらいたい、などと手紙もデータも持参せずに来院される患者さんもいらっしゃいます。
もちろん、現在内服している薬もわかりません。あまつさえ、前医から出ていた内服を、
自己判断で相談もせずやめてしまったという方もいらっしゃいます。

ことに「総合診療科」という看板を掲げていると、
「診断のプロフェッショナル」という先入観からかそういう患者さんが
かつて一般・消化器内科をやっていたころと比べて増えている感触があります。

そのような行為は「セカンドオピニオン」とは呼びません。
「ドクターショッピング」「ホスピタルショッピング」と呼び、
これは現場で患者さんに責任を持つ医師からは忌み嫌われます。

医師~患者間の信頼関係というのは患者→医師という一方的なものではありません。

医師→患者の信頼関係もなければ医療はできません。
処方ひとつにしたって、この薬を出したら、処方箋の通りに飲んでくれるだろうという
信頼のもとに治療行為が成り立っているわけで、それがなければ薬一つ出すことができません。

薬の中にはいとも簡単に中毒を起こすものもありますし、
大量に溜めこんでそれを転売したものが悪用されたらそれは犯罪です。

在宅酸素療法の患者さんは絶対禁煙ですが、家の中での行為まで管理するわけにはいきません。
約束を破って喫煙して火災や爆発事故を起こすリスクがあるので、
患者さんがたばこを吸わないだろうという信頼がなければ在宅酸素療法はできません。

今目の前にいる患者さんはそういうことをしないだろうという
「信頼関係」をもとに治療行為や投薬を行っているのです。

前医で出された薬を自己判断でやめたとしたり顔で言ってくる患者さんに対して、
突然中止すると却って病状が悪化するような薬を出すのはためらわれますし、
いつ同じように知らないうちに勝手に他院受診をされるのかと思えば、
他剤との相互作用の多い薬を出すのはためらわれます。

結局「こっちで一生懸命診断・治療の道筋をつけても、自分もまた同じことをされる
という懸念がどうしてもぬぐえないのです。

実際「ドクターショッピング」を繰り返してきた患者さんが、勝手に他院を受診して、
併用禁忌の薬を出されていたり、「○○医院では××と言われたんですけど」と
言われたという話は枚挙にいとまがありません。
そんなことを言われたってこちらはこちらで根拠を持って診断・治療に当たっているわけですし、
医者同士の話で相手の言うことやることが違うと指摘するなら、必ずその根拠を示す必要があるわけです。

あなたがこっそり他でやってきたことなど、私は知らないし、責任も負えない

というのが本音です。

自分で見たこと聞いたこと調べたこと確認したこと以外は有意な所見としてはとらない。
その上で必要ならば、更に見る聞く調べる確認する診察する検査する、というのは
現場で患者さんを診断・治療する上での基本中の基本です。
それを怠って患者さんに不利益をもたらすような医師は、
「藪医者」としていずれ現場から放逐されます。

私自身はそういうトラブルを防ぐために、ドクターショッピングの果てに自分のもとに
辿りついた患者さんには、安易な前医批判は絶対しないように心がけています。
状況によっては患者さんの目の前で前医に直接電話する…といったことまでやっています。
それは自分のちょっとした発言が相手にどう解釈されるか、という点で
決定的に「医師の立場から患者さんを信頼できない」からなのです。

こういう医師~患者関係は悲劇です。誰の得にもなりません。

私は「セカンドオピニオン」を求めてきた患者さんには、最大限誠意を尽くして対応しますし、
そういった患者さんに対して怒ったことは一度たりともありません。
一方で、「ドクターショッピング」「ホスピタルショッピング」をあまつさえ正当化までする
患者さんに対してはその場で叱りつけることもあります。

それは自分が面白くない、不愉快といった理由ではなく、
勝手な服薬中止やフォロー中断、治療の状況がわからないままでの追加治療などが、
即、患者さんにとって命にかかわるような不利益となる場合があるからです。

「ドクターショッピング」を推奨する、どんどんやるべきといった意見も時折目にしますが、
そこに決定的に欠落しているのがこの「医師から患者に向けた信頼関係」の視点です。

自分の状態を他の医師にも診てほしい、そう思った時は、まず現在の主治医ときちんと相談し、
その上で、セカンドオピニオン希望をきちんと話すべきです。
正当な理由なくそれを断るような医師は問題ですし、まともな話もできないでしょうから、
なにがしかの理由をつけて、他院に手紙を書いてもらうように仕向けるなどと言った
技術も必要になってくるかもしれません。

しかし、転医を考える時、あるいは「他院の話をして医者に怒られた」と感じた時は、
自分の行おうとしている、あるいは行った行為が「セカンドオピニオン」に当たるのか、
それとも「ドクターショッピング」に当たるのか、今一度考えなおしてみてはいかがでしょうか?

その上で、

「セカンドオピニオン」の求めを受けて怒りだすような医者に遭遇したら、即刻転医!
でも、「ドクターショッピング」をたしなめられたら素直に反省

するという態度が、「安全・安心な医療」を実現するために、患者側にも必要であろうと考えます。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。

「ホスピタルショッピング」の検索をしていてヒットし、記事を拝見した者です。
記事の内容を外していたら、スイマセン。
痛い身の上話を書きます。

私は痛い患者のひとりです。
元々メンタル系に問題があり、大学病院に通院している身ですが、職場の健診で肝機能の値で二ヶ所基準値を超え、そのうち一つは前年の二倍以上にあがっていました。

本来なら近所の医師のもとでの診察が一番でしたが、通っていた大学病院の総合診察科へ検査結果の票を持っていきました。
(前にピロリ菌の除去が必要だったとき「総合診察科」のお世話になりました。)

一応は前の問診で書いたり、話したりしましたが、実際の診察室で、自らの口でどうしたいか言えないうえに、検査で外れたくらいで行ったため、総合診察の若い医師にものすごく怒られました。
怒られたのは当たり前だと思っています。
私一人のために本当に助けを求めている患者さんが受けられないということも痛感しました。

医師と患者の関係だけではなく、職場の「信頼関係」をも壊したと思いました。

私自身も「総合診察」の意味が本当にわかっていなかったような気がします。

二度と医師や「総合診察」を本当に必要としている患者さんに迷惑をかけるようなことはしないように気をつけます。

長々とスイマセンでした。


>ぽま 様

コメントありがとうございます。

受診先でつらい思いをされたようですね。
それを投稿いただき、ありがとうございました。

「総合診察科」というのは、「総合診療科」でしょうか…?
どっちにしても、そういう行為は「セカンドオピニオン」ではもちろんないですが、
「ドクターショッピング」でも「ホスピタルショッピング」でもないと思います。

「肝機能障害」ということですが、
ここで問題にしているのは、
たとえば、ウイルス肝炎やアルコール性肝障害などで治療を受けている人が、
健診で肝機能異常が出たと、何も言わないで他の医療機関を受診するようなことであって、
文中のシチュエーションからは、今回の受診「そのもの」には何の問題もないと思います。

…とすれば、「若い医者に怒られた」ということですが、
何に対して怒られたのかがわからないので何ともいえないのですが、
考えられるとすれば、

・他の理由で怒っていた
・患者が言いづらいことを聞き取る技術が未熟な医師だった(これ、総合診療科では大事な技術です)
・そもそも、患者一人あたりに対して与えられた時間が「総合診療」を行うにはあまりにも少なすぎて、対応が困難な状況での診察だった。

などが挙げられるかと思います。正直なところ、わかりませんけど、

ただ一点だけ言えるのは、例え患者を叱るにしても、
「患者側のどこに非があったのか、次からどうすればいいのか」を
具体的に伝えられなかったのであれば
それはコミュニケーションとしては失敗だったのでしょう、ということです。
臨床の現場なのですから、「怒る」のにも「計算」が必要です。
それが足りなかったというのは否めないと思います。

いずれにしても、人間 対 人間 なので、
先に受付の事務とか看護師さんに
「私はいつも診察に時間がかかるので」とか、「コミュニケーションが苦手」とか
先に言ってしまうのがいいかと思います。
実際の現場ではそういう方も多くいらっしゃるので、
何らかの配慮はあるはずです。

それぞれ個々の事情に配慮を求める権利は、患者の側にあるわけですから、
何らかのハンディキャップがあるなら、それを先に伝えてしまうというのは
ひとつの手ではあろうかと思います。

あまり具体的でなくて申し訳ないのですが、
何らかの参考に少しでもなれば幸いです。

失礼します。

疑問なのですが、1人の医師が正しい診断、治療をできるのでしょうか?

何をもって適切で正しいと言い切れるのでしょうか?
その辺ちょっと疑問なところがあります。
もともと確率論であって、統計学的によりたくさんの意見を聞いてもいい場合があるのではないかと思います。

セカンドオピニオンでも十分かどうか疑問です。

多くの専門医が同じ様な意見になる場合もあるし、まだ研究があまり進んでいない病気の診断、治療など、医師によって考え方かバラバラなケースもあると思います。

また、多くの医師が臨床経験の無い難病や希少な疾患もあります。
この様な患者さんは、沢山の病院を渡り歩いて、言わば良くないこととされているドクターショッピングをして、はじめて自分の疾患の診断がされて救われるケースもあります。

このような、多くの医師が診断も適切な専門医も知らない疾患の患者相手対して患者にベストな対応をできるのでしょうか?

その辺ちょっと疑問なのですが…

>ユウ さま

はじめまして。
レスありがとうございます。

ひとつひとつ、お答えしていこうと思います。
まず、1人の医師が正しい診断、治療をできるのか?という問いですが、
これはご指摘の通り、不可能です。
だからこそ、医師が複数いる施設では、頻繁にカンファレンスを行い、
また一人診療所では、医師の側がそういった不安を常に抱えていることも多く、
同じような地域の開業医で集まって症例を持ち寄ったり、
専門家への紹介を行ったりしています。

残念ながら、一人の医師が診断・治療を行うことのリスクに鈍感な医師もいます。
ですので、疑問を感じた際に複数の医師に診断が正しいかを相談するというのは、
これは正しいことであり、必要なことであろうと思います。

次に、何をもって適切で正しいと言い切れるのか?という疑問ですが、
これは大事なことなので、最後にまとめて論じます。

次に、稀少疾患についてですが、これもとても悩ましいところです。
稀少疾患の診断について論じるには、
一般的な医師の思考過程について知って頂く必要があります。
少しややこしくなりますがおつきあいいただけますでしょうか。
我々医師の世界にはいろんな格言、金言があります。
「シマウマを追いかけるな」
「稀な疾患のよくある徴候より、よくある疾患の稀な徴候を疑え」
これは、数あまたある稀少疾患の可能性に気をとられすぎて、
よくある疾患を見逃してしまうことに対する戒めです。

一方で、プライマリケア医に伝わる金言として、
「知らない疾患は診断できない」
「医師の一生の中で、ほとんどの医師が何らかの稀少疾患に出会う」
という言葉もあります。
私自身も、大きな病院で既に診断のついている稀少疾患の治療を
地域の医療機関で引き継いだこともありますし、
また、自分でどうにも診断のつかなかった疾患を神経内科に
(蛇足ですが「心療内科」「精神神経科」ではありません、念のため)
紹介したところ、思いもよらなかった神経難病だったりしたこともあります。

その意味で投稿者様のご指摘、ご懸念は正しいものと言えます。

ただ、もう一つ「後医は名医」という言葉も知っていただきたいと思っています。
これは、いろんな診断材料がそろっていたり、既にある程度時間が経って
症状出現の経過がわかってから正しい診断をつけた医師が、
診断をつけられなかった前医を藪医者扱いすることに対する戒めです。

一般的な診断手法として、
外来に初診の患者さんが来たときには、
まず、
「稀だろうがよくある病気だろうが、一瞬にして生命を奪われるような病気がないかどうか」
「今日入院させないで帰したら、患者さんが命を落とすかもしれない病気がないかどうか」
という視点で診察・検査を行います。
それと同時に、あるいはその次に「よくある疾患で、きちんと治療が必要なものがないかどうか」という視点で診察・検査を行います。
一方で、診療の流れとして、必ずしも、「診断」→「治療」とならない場合もあり、たとえば低酸素状態があったとして、それは心疾患かもしれないし、呼吸器疾患かもしれないし、原因はどっちかわからないけど、まず酸素投与となるでしょうし、診断より先に治療が来る場合、あるいは診断と治療を同時に行う場合もあります。
状況によっては治療への反応を見て診断をする場合もあり、その場合には診断に数週間、ないしは1ヶ月以上かかることも稀ではありません。
むろん、「稀だが治療を急がない疾患」は必然的に診断が遅くなってしまいます。
 ここで注意したいのは「稀だが治療を急がない疾患」イコール「どうでもいい病気」「患者さんが苦しまない病気」「治療の必要がない病気」ではないということです。ここの認識が医療サイドと患者サイドでずれていると「患者はこんなに苦しんでいるのに、医師はわかってくれない」ということになってしまいます。

 患者さんによっては、診断が待てずに、主治医に相談なく手紙も持たずに違う医療機関に行ってしまうこともあり、そういった場合には思いのほか短期間で診断がついてしまう場合も少なからずあります。そういった場合、患者さんサイドからしてみれば、前医が診断のできない藪医者に見えてしまうわけです。
 ただ、これはあくまで結果論であって、医者を変えた「ら」すぐ診断がついたことと、医者を変えた「から」早く診断がつく、ということとは全く別なことであることはご理解いただきたいと思います。

 このような、原因と結果の混同、因果関係と相関関係の混同(つまり卵が先か鶏が先かという話)は、大変お恥ずかしいことに専門家ですらよくやらかしてしまう間違いなのですが、この理屈自体は非専門家でも素人レベルでもきちんと知っておく必要があります(このような論理付けは高校数学レベルで文系の方でも学習するはずですので、決して専門家だけのブラックボックスではありません)。

 投稿者様がご指摘される、たくさんの病院を渡り歩いてやっと診断がついたケースも、ひょっとしたらその何件も回ったうちのどこか一件で手紙一枚を書いてもらえば、もっと早く診断がついたかもしれません。あるいは自力でやっと探し当てた適切な医療機関にもっと早く楽にたどりついていたかもしれません(そうでないかもしれません)。

 もっと言えば、投稿者様がおっしゃるような「たまたま」適切な医療機関に自力でたどりついた非常に「幸運な」患者さんはいいとして、患者を金の成る木くらいにしか考えていない医療機関や医師(ついこないだ、そういう人が逮捕されたばかりですが、あの方もずいぶんメディアに顔を出して、もっともらしいことを言ってましたよね…)にたどりついたら、病気の弱みをいいことにお金を搾り取られて、最後は患者ポイ捨てです。
 インターネットの医療サイト(あ、もちろん当ブログも含みます)や「世間の評判」には、そういった危険に対するリスクヘッジが一切ないのです。ニセ医師を捕まえてみたら、立派なホームページを作っていて、人当たりも良いので世間の評判は意外に良く「名医」と呼ばれていた、なんて話もよく聞きます。

 余談になりますが、このブログを始めた理由の一つに、そういうものにだまされる患者さんが一人でも減ればということもありました。

 無論、正規の公的な医療機関にもそのような悪徳医師がいないわけではありませんが、そんな医師に対抗するための知恵の一つとして「紹介先空欄で手紙と資料を用意してもらう」という手があります。本当に「ちゃんとした」診断・治療(「ちゃんとした」イコール「正しい」というのとイコールではないのは前述でわかっていただけると思います)をしているのなら、紹介先がどこであろうと手紙を書けるはずです。それで四の五の言い出して添書作成を渋る医師がいたら、残念ながら離れた方がいいかと思います。その場合、手紙なしの受診になってしまうのは、まあしょうがないことで、そのときは○○病院で手紙を希望したのに書いてもらえなかったと言えば、大体そういう医療機関は周囲の医師の評判(患者の評判ではなく)も悪いので、「ああ、○○病院ですか、それならしょうがないですね」となるはずですし、それ以前にそこに聞く耳を持たない医者は、これは明らかにダメでしょう。
 ただ、余程の不幸な星のもとに生まれたのでもない限り、そんな医療機関が4つも5つも続くことは考えづらいですから、本当の例外的な事例はともかくとして、一般論として「ドクターショッピングは患者さんにとっても損ですよ」となるわけです。

 ちなみに、私が診断をつけたある早期癌の患者さんで、自分の医療機関では診断はできても治療はできないので、手紙や画像診断の資料を持って、紹介先の希望も伺っても、何ヶ月も答えをいただけず、何度も連絡を入れてもダメで、ようやく風邪症状で受診したときに、、紹介先空欄で、もうどこに受診してもいいからと手紙と資料は持ち帰ってもらいました。その後、別ルートからその患者さんが、とある大学病院を受診したという噂を聞きました。
 大学病院から手紙の返事がなかったので、おそらく手紙は持参していなかったのでしょう。
 結果、その患者さんの治療が成功したのかどうか、時間が経っているので次の医療機関を受診した時点での癌の転移の有無や、そもそも診断が正しかったのかどうか、それすら全て私のもとにはフィードバックされませんでした。
 たとえば、自分がA病だと思っていても確定できず、紹介先で全く違うB病と診断され、へぇー勉強になったということもあります。それは次に同じような症状で受診した患者さんに生かされ、またカンファレンスなどで共有され、他の医師の研鑽にも大いに役立つのですが、ドクターショッピングをされてしまうと、そのフィードバックがされないままとなってしまうのです。
 もっと端的に言うと、ドクターショッピングは「藪医者に『自分は藪医者である』と自覚させる機会を奪ってしまう」行為でもあるということは、その患者さん自身には関係のないことではありますが、知っておいてもよいかと思います。

 手紙のたった一枚を書いてもらうことで患者さんが大きく得をすることができると、長年慣れ親しんだ臨床現場を離れて現場を離れ、客観的に医療現場を見るようになって、なお強く思うことであります。

 最後になりますが、さきほど保留にした「何をもって適切で正しいと言い切れるのか?」という質問に、お答えしようと思います。これも単純に一言でお話できるものではないので、長くなります。

 患者さんの診断・治療に当たっては、ある程度の当たりをつけて、不適切な選択肢を排除していくという思考プロセスが用いられる場合(「仮説演繹法」)、複数の症状や徴候・検査所見から直感で診断をつける場合、診断フローチャートにのっとって鑑別診断を進めていく場合などがありますが、常に気をつけなければならないのは、「万一診断を外してしまった場合に患者さんが被る不利益を最小化する」という作業を同時に行いながら慎重に鑑別診断の範囲を狭めていく、ということです。最初から「正解」「正しい診断」を追い求めることが不適切な場合もあるのです。
 医師というのは大学入試の時点で選別されるので、唯一無二の答えのある質問に答えるのは一般的に得意な人が多いです。
 その反動なのか、「正しい診断」を追い求める余り、患者の苦痛に無頓着になってしまったり、財布の中身に不安を抱える患者さんに必要性の乏しい高価な検査をやってしまったりということが往々にしてあります。
 しかし、本来の診断・治療のあるべきプロセスは、正しい診断に向かうことはもちろんのことですが、患者さんの苦痛の緩和、その場の救命のための緊急処置、行う検査の決定、場合によっては診断が一つに確定する前に治療を開始しなければならない場合もあります。また、診断・治療の手段にしても、単に効けばいいというものではなく、治療効果と副作用・治療合併症とのバランス、治療に使う薬剤の値段、患者さんの経済状態や、年齢、人生観、本人の希望、社会的背景、ご家族との関係などを考慮して行わなければいけませんし、同じ年齢で全く同じ状態であっても、人によっては違う選択をするかもしれません。患者さんの安全を確認したあとに、診断・治療のタイミングをあえて遅らせたり、時には「あえて診断を一つに確定しない(させない)」ということも時にはあります。
 従って、「何をもって適切で正しいと言い切れるのか?」という質問が、「唯一無二の正しい診断・正しい治療」を意味しているのだとしたら、私の答えは「そのような基準は存在しない」ということになります。

 無論、明らかに不適切な診断・治療というのは多数存在するわけであって、患者さんの苦痛を徒に引き延ばすとか、他の選択肢を示すことなく高価な検査・治療を山の如く行うとか(これはたとえ正解であってもダメ)、患者さんとのコミュニケーションを怠るとか、明らかに外れた診断とか、ご指摘のように診断に苦慮しているにもかかわらず稀少疾患の可能性を全く考慮しないとか、逆によくある疾患をすっ飛ばして稀少疾患の診断に走るとか…これらはダメな例です。逆に「正しさ」を過度に追求する余り、このようなトラップにはまり患者さんを苦しめる医師もいますし、私自身もそういう罠にはまったこともあります。

 本当に一言でまとめてしまうと、医師も人間であり、そういった判断の偏りが生じてしまう可能性について常に考えられる医師であれば、たとえ相手が一人であろうと信頼できると思いますし、逆に自分の限界や患者の苦痛に無頓着な医師であれば早々に離れるべきと思います。その課程で、手紙一枚があった方が全てスムーズに行きますが、要求しても手紙を書いてもらえないのであれば、次にかかった医師にその旨を説明して、doctor to doctorできちんと前医に説明や資料の提供を求めるよう要求すべきです。「そんなことを患者がしなければならないのか」という声が飛んできそうですが、ここは「患者の義務を果たせ」という話ではなく、「患者の当然の権利を放棄すべきではない」というお話です。
 だから「稀少疾患に対してセカンドオピニオンで十分か?」という議論は本質ではなく、「万一、目の前の医師とは信頼関係を築けない…と思ったときに、患者サイドとしてどう知恵をつけてどう対応するか」というのが大切であり、そのいくつかある選択肢の中では残念ながら「ドクターショッピング」は特に好ましくないものである、というのが私の言いたかったことであります。

 ちょっと長くなってしまいました。これで答えになっているかどうかはわかりませんが、私が「ドクターショッピングはすべきでない」と主張するのはそういう意味です。

 最後になりましたが、投稿者様が医療機関、医療従事者とよき関係を築かれ、医療が幸福な人生を送るための一助になれば幸いです。ご意見いただき、ありがとうございました。

DR.SUMMY様お返事遅れまして申し訳ありません。

ご丁寧にお答え頂きありがとうございます。
ちょっと、キツイような文章を書いてしまった感じで、ご気分悪くされたら申し訳ありません。

ところでなのですが、セカンドオピニオンとは話しはかなり別で、今と言うかもうだいぶ前からだと思いますが、政府によって医療が社会保障ではなく、産業として変えられいるように感じます。

と言うか、もう既に国家戦略特区として、医療を産業としてどんどん変えられているのではないかと思います。

大変な危機感を抱いています。
アメリカ医療のようになって行く方向にどんどん向かっているのではないかと思っています。

ということを問題にお話し伺いたいのですが、もうこのセカンドオピニオンのところに書いてしまいましたが、こういうお話しはどこに書けばよろしいのでしょうか?

>ユウ 様

http://drsammy.cocolog-nifty.com/haguredoctor/2016/03/drsu.html
こちらに新スレ立てました。

はじめまして。
記事を読ませていただいて、ドクターショッピングという言葉を初めて知りました。

11月下旬から医者にかかってましたが、担当医が産休に入るため3月いっぱいまでの薬を処方されました。ところが、3月の中旬から薬が効かなくなって症状が悪化し、そろそろ薬自体も無くなるので、同じ医院に相談に行きましたが、やはり産休中という事もあり、2ヶ月分の薬を処方されるだけで診察なく終わりました。それでも処方された薬を飲み続けましたが、症状が収まることはなく体調的にも辛かったため、他院を受診しました。そこの医師に事の経緯と症状と現在処方されている薬を話しましたが、他院でその診断をされてその薬を出されているならそぉなんじゃないの?で、今日は何しに来たの?と机に向いたままカルテを閉じられ、冷たくあしらわれました。
その後、診察も触診も何もなく追い出される様に帰らされましたが、自分のした事はドクターショッピングと呼ばれるものだったのでしょうか?紹介状も何もなく頼った事がその医者の気に障ったのでしょうか?因みにこの医者にかかったのは初めてではないです。
長文、乱文、失礼致しました。

>さける 様

こんにちは。コメントありがとうございます。
担当医の産休ということで、大変な思いをされたようですね。

結論から申し上げますが、この情報だけで、
「ドクターショッピング」かという問いに答えるのは、難しいと思います。

ただ、この状況から今後どうしたらという方向性くらいは示せるかもしれません。

先頭の紹介文
http://drsammy.cocolog-nifty.com/haguredoctor/2010/11/post-17bc.html
にも書きましたが、当ブログでは基本、個別の相談は承っておりません。

なので、主治医不在時に医療機関に十分な対応をしてもらえなかった(と感じた)時と一般化してお答えします。

必ずしも投稿者様の状況と合致するものではないことをご了承ください。

主治医の対応が是か非か、かかりつけ医療機関の対応に問題がなかったかは、正直わかりません。
ただ、私ならむしろ、そこまで患者さんが苦しんでいるなら、
他の病院の医師の立場に立てば、前医に電話照会くらいはするかもしれません。
あるいは、前医に手紙を書いて、診断根拠・検査結果・投薬内容・既往歴・他に持病がないか…などの
情報を入手する時間をください、とお話し、対応したかもしれません。

私だって、今は臨床辞めましたけど、
診療をしていたときには
いくらブログに「他所でやってきた治療なんか知らん」と書いていても、
目の前に、それで苦しんできている患者さんがいたら、一応の相談には乗ってました。
ただ、余程ひどい主治医でなければ
どうやったら前医と患者さんとの関係をきちんと修復してお返しできるかを考えます。
転医するというのが患者さんにとって精神的に大変な負担であることは、こちらもわかっていますから。

本文を読んでいただければ分かる通り、
ドクターショッピングをおすすめしない理由は、患者さん本人に結局不利益となるからです。

前医の主治医不在時の対応がどのようなものだったかはわかりません。
本当に診察室に一歩も入らずに、看護師さんか事務とのやりとりだけで、
医師と一言も言葉をかわさずに薬だけもらったなら
それは「無診察治療」といって、医師法違反です。
大いに問題があり、ドクターショッピング云々以前の問題です。

あるいは診察室に入ったはいいが、薬の相談ができなかったのであれば、
コミュニケーションの問題です。

主治医不在時の対応が決まっていなかったのなら、
それは主治医が必要ないと判断したからか、
あるいは申し送り不足だったり、カルテの記載不足なのかもしれません。

さすがに、
1,異変を感じて(あなたの場合は「薬が効かなくなってきた」)、
2,それを受付や看護師に訴えて、
3,診察を希望したのに、
4,診察室に入れてももらえず、
5,薬だけ渡された、
の全てがYesならば、それはまずいですが、

まあ、本当に印象ですが、前医の対応は評価しようがありませんが、
後医のような対応が、本来患者さんにとっては不利益をもたらす「ドクターショッピング」を
誘発するのだとしたら、医療の側にも反省すべき点は多々あるのかもしれません。

…というわけで、今回のあなたの行為の是非は「判断できない」が答えになりますが、
まずは、今から出来る対応として、
前医の予約を前倒しするなり電話相談するなりして、とりあえず
主治医不在でも代わりの医師の診察を受けるのが第一じゃないでしょうか。

それで納得がいかなければ、代診医でもいいので手紙を書いてもらって
他医を受診してみるのもいいかもしれません。
それを、明確な理由なく断られるようだったら、その施設は一刻も早く離れるべきかもしれません。
それはもはやドクターショッピングとは言わないと私は思いますが、

そんな状況に至る前に、患者側からでもやれることは、それなりにありますというのが
私の言いたかったことでもあります。
(こう書くと、「医療側に責任はないのか」と言われてしまうことがありますが、
 医療側に責任がないと言っているわけではありません。念のため)

医療機関とよりよき関係を取り戻し、健康を回復されることを心よりお祈りいたしております。

Dr.Sammy様

早々のレスありがとうございます。
前医の件は、診察室に一歩も入らず、受付の方とのやりとりだけで、医師とは言葉を交わすどころか、顔さえ合わせていません。代診医として同じ医院の旦那様の方になると聞いていたので、その方に診察して頂けると思っていましたが、旦那様は専門が別だったからか、診察せずに奥さんの産休が空けるまでの薬だけ出したのだと思っていました。
無診察治療で医師法違反と聞いて驚きました。

今後、どうしたら良いのかとても悩んでしまい、識者の方から意見が頂ければと思い、コメントしました。
Dr.Sammy様からのレスを読んで、自分がこれからどうすれば良いのかわかりましたし、整理もつきました。丁寧な対応と分かりやすい回答、本当にありがとうございました。

>さける 様

とりあえず、方向性が出たということで承知しました。
なお、私のコメントは、あくまで具体的な事例に関するものではなく、
一般論として提示したものですので、その点だけ注意願います。

よき人間関係のもとに有効な治療が受けられますことを改めてお祈りしております。

ブログ拝見しました。同感です。
基幹病院で1人総合診療科してますが、基本ドクターショッピングが増えて困っています。
外来日以外に情報提供なしに受付にいきなり来られ、総合診療に診てもらいたいというケースが最近増加しております。
問題は情報提供もなく、今迄受診した病院での検査・診断・治療について経時的に長時間問診を取らないといけないこと・そこで何と診断されたのか/何の検査をしたのか/投薬含め治療の内容について不明なことが多いことがかなりストレスになっています。
また、主観と客観事実を混同しており、問診でそれを整理しないといけないことも多いです。
先日は、やめるようにお願いしていた民間療法を密かに継続しており調子が悪くなったから即受診したいとの連絡もありました。
患者に強く叱責することも多いのですが、非常に疲労が溜まってきてこのままだと総合診療科としての業務継続困難になると思っております。

>ドクター総診 さま

はじめまして。Dr.Sammyと申します。
レスいただき、ありがとうございます。

「困っている」というのは真剣に患者さんと向かい合っている
証拠だと思います。
日々の診療、本当にお疲れ様です。

そもそも総合診療は患者さん一人ひとりにすごく手間のかかる分野ですが、
基幹病院の1人総診では、あらゆるものが「集約」されるのでなおさら大変と思います…。

元総合診療科の医師としては、そういったドクターショッピングが
いかに患者さん自身の不利益になって帰ってくるかを
理解してもらうことも仕事の一つとは思いますが、
しかし、一人じゃ無理でしょう。明らかに負担が重すぎます。
おそらく仕事量に見合った配置ではないのでしょうし、
「総合診療」という分野自体がナメられているという気もします。

先生のように仕事に誠実であることは何より大切ですが、
くれぐれもお身体と心を壊されませぬよう…(>_<)

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