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医師不足?何が起こっているの???

 今回は「医師」の問題に焦点をしぼります。

 「医師不足」と一口に言うが、その原因というか起こっている事象に対する解釈が医療界の内部でも大きく異なるのが現状。
 それは「不足ではなく偏在である」という論が存在するためである。
 「偏在」論者の先生方も「都会への偏在」「診療科間の偏在」「一般医と専門医の比率の問題」「勤務医と開業医の比率の問題」など、一口に偏在といってもその解釈は多岐にわたる。

 いま起こっている現象の全てを一つの原因で解釈しようとするところは、医療現場、つまり患者さんの疾患の診断においては第一に必要とされる能力であるが、この現象の解釈に用いるのはやや無理があるように思っています。

 現在「医師不足」が顕在化している分野としては、「僻地医療」「産科医療」「老人医療」「小児医療」「救急医療」が挙げられている。これから顕在化してくるであろう分野としては「外科医療」が挙げられるが、こちらは今回は置いておく。

さて、救急医療については、実は最初に挙げた4分野の真ん中にすべて「救急」の言葉をはさむことができます。

「産科救急医療」「老人救急医療」「小児救急医療」「僻地救急医療」

最後だけは、そういう言葉は現存しないのですが、医師1~数名体制での救急は、それだけで一つの医療分野として成立しますので、それらはそれぞれの分野に委ね、「救急医療」単独としては、「都会の(老人以外の)成人救急」に限定することにします。

そうやって考えると

1、産科医療

・実は出産数自体は減っているし、これから若年人口の減少とともに分娩数はさらに減る見込み。
・数自体の不足も問題だが、それ以上に集約化による分娩受け入れ施設数の少なさが問題。
・これまで分娩可能であった施設が消滅してしまった自治体は、自治体そのものの人口の減少とあいまって、これを地域の死活問題としてとらえるある種政治的な面も含めた問題。
・北海道特有かもしれないが、分娩可能な施設までの距離の問題。これを解決しようと思うなら以前の如く一人産科医の施設を存続させるしかないが、これは世間の産科医療に対する非常に高度な要求・過剰な期待と、訴訟リスクを考えると現実的に無理。この距離の問題を完全解決しようとすることを目標にするなら医師数は、巷間言われているよりもはるかに「不足」することとなろう。
・産科救急を受け入れられる施設、つまり、異常分娩や院外での緊急事態、合併症妊娠に対応できる施設となるとさらに限定される。センター病院クラスでも受け入れ不能な場合が多く、ほとんどの場合基幹病院クラスでの対応となる。それを恐れた多数の妊婦が、異常が指摘される前から基幹病院での妊娠管理を希望するため、基幹病院(地域周産期母子医療センター・総合周産期母子医療センター)クラスの病院の医療需給バランスは大きく崩れ、それも「相対的医師不足」の原因となっている。
・訴訟リスクや激務のため、新規参入が減少している。
・「医療の進歩や患者側の要求の増大による医療側の業務負担の増大」に「新規参入」ももともとの戦力であった既存の産科医師もついていけていない…その上、産科医療から撤退する施設、医師が相次いだことが挙げられる。
・あえて「偏在」を言うのなら、それは産科医療の需要が人為的に偏在させられているのであって、そこを改善しなければ「相対的偏在」は解決されない。

2、老人医療

・老人は、基本的に長距離の移動を嫌う傾向がある。体力的なことや地元への愛着など。
・このため、車社会で自由に移動できる若年者とは違い、日常の通院は地元で行う傾向が多く、主に地域の開業医や病院外来がその受け皿となってきた。
・少なくともこの分野の医師不足は、数十年前には全く言われてこなかった。
・老いや、死への不安などから、頻回受診することも多い。また、もともと老人に非常に手厚かった医療政策のため、診療所・病院外来がサロン代わりに使用されてきて、診療所も病院もそれを黙認していた。
・今後老年人口は爆発的に増えることが予想されている。
・医療財源の問題が言われる前には、頻回受診についても、寝たきり老人の社会的入院についてはも全く問題とはされず、むしろ医療側が病院経営上、それを歓迎する向きもあり、それが日本独特の医療文化の重要な部分を形成していた!
・ところが、医療費問題が顕在化してきてから、老人の不安への対応や、寝たきり老人、認知症老人への対応は福祉へシフトしていくよう、国を挙げての誘導政策が始まった。
・しかし、福祉の整備は地域の責任とされ、介護人員への報酬の安さ・社会的認知度の低さ、地域の財源不足などから、設備数も介護人員も不足したまま、介護保険制度がスタートした。
・その影響で多数の「介護難民」が発生した。ただ、病院の役割に対する認識が旧来のままの家族も多く、病院の入院病床の役割を「急性期医療」に限定するという国の政策に対しては、医療従事者は経営面で非常に強い危惧を持ち、ベッドコントロールに腐心した(言い方を変えると医療依存度の少ない長期入院老人を追い出しにかかった)にもかかわらず、その政策は一般にはあまり広報されなかったため、「老人が入院する病床がない」という認識が持たれてしまった。
・一方で「老人救急」は、合併症の多さとその対応の難しさ、不穏・認知症周辺症状への対応などへの難しさ、疾患自体がよくなってもリハビリなど退院までに若年者と比べ物にならない時間がかかり長期入院になりやすい、先に挙げた家族の認識不足のため退院や転院を巡ってトラブルになる場合も少なくない。そういったこともあって、一般に受け入れ自体を敬遠される傾向があることは否めない→合併症対応不能とか、不穏対応不能を理由に入院を断られたり他院受診を勧められたりする(これは他に救急受け入れ先がない田舎の医療機関ではありえないことなので都会特有)。
・これもやっぱり「不足vs偏在」論争は的を外している。

3、僻地医療

・以前は、公的医療機関、民間ともに長く地域に根差した医師によって支えられてきたが、そういった医師たちは高齢化のためこぞって引退を余儀なくされている。子弟が跡継ぎを嫌って閉院するパターンも少なくない。
・一方、体力も知識も技能もある中堅医師は、僻地医療にはうってつけの人材であるにもかかわらず、子弟の教育問題などで僻地勤務を嫌う傾向がある。また、少人数で運営している医療機関では、若手には少々荷が重い部分があるだけでなく、研修機会に恵まれないということもある。。
・現在は若年者で難しい疾患はおおむね自分から都会の医療機関を受診することが多いので、一般に僻地の外来診療は「ワンポイントヒッター」と「高齢者対応」がメインとなる。
・また、僻地救急は基本的には一次から三次相当まで何でもあり。意外に高度な知識や判断能力が要求される場面も多い。
・なので、医学の進歩を僻地診療に取り入れようとするならば、医局派遣や自治体派遣、民間のドクタープールなどによる数年交代勤務体制がある程度以上の規模の医療機関であれば必要となる。大きな医療法人による指定管理者方式も一法であろう。
・しかし、そこに理解を示す住民や行政は少ない。ある程度以上の医療レベルが求められる病院に対して、開業医などが担うべきかかりつけ医機能をも同時に求められている。このため医師の短期交代は自治体からも住民からも嫌われる。一人の医師に長くいるだけが医療の継続性担保の唯一無二の方策ではないのだが、そこに対する理解や方策立案があまりにpoorな状況。
・仕事そのものの忙しさはその医療機関によって千差万別ではあるが、いずれにも共通しているのが人数の少なさ故の医師束縛体制である。中には一人医長で24時間365日体制で町内待機していて、代診が来ないと隣町に買い物にも行けない医師もいる。私自身は2日に1回の待機当番が当たっているし、私の以前いた町の唯一の医療機関の病院に医師が一人だったところでは、50代の医師がなんと週5で院内当直をしていたという話を聞く。
・政治的要因も絡む。一般にそういった自治体では医師に対する技術的な期待度は余り高くなく、単に「存在すること」「籍をおくこと」のみを求められることが多い。そういった自治体に対し医療体制の充実や地域の医療レベルアップや、地域住民の健康増進活動、病院組織の効率化に本気で取り組もうとすると失望することになる。そういったことを繰り返しているとインターネットなどで「負の情報」が共有され、やる気のある医師が寄り付かなくなるばかりでなく、医師を「金で釣ろう」とする余り、高報酬目当てのモチベーションの低い医師を引きつけてしまうことになる。そういった医師は長くはいないばかりでなく、人脈もないので後にもつながらない。医療の継続性も担保できない。
・加えて、都会の基幹病院、大学病院で行われる医療が高度、集学的になってきていて、相対的に人手が不足する傾向があるのに加え、大学病院では未だに研修医や場合によりスタッフ医が患者搬送や血液などの検体搬送をさせられたり、採血や点滴業務などをしている。そんなことをさせる人員があるのなら少しでも地域にまわせばいいと思われるのだが…。
・ということでここでも「不足vs偏在」という論争は成り立たず、「相対的不足+偏在」なら説明がつく可能性はあるかと思われる。

4、小児医療

・これは需要の方向性の変化と、訴訟リスク・激務による新規入局者の激減が原因なのだろう。
・以前は小児の一次救急は主に内科系開業医が担っていた。しかし、世間の医療に対する要求が高度になっていったこと、更には小児医療は訴訟の火種として認識されるようになり、「専門性の違い」を理由に内科系開業医が小児一次医療からどんどん撤退していった。
・このため、センター病院~基幹病院クラスでは、小児科医を病院の全科当直のサイクルから外し単独で当直を回すようにした病院や、夜間休日に時間を決めて、時間外診療をできるだけ集約して診るようにした病院も多い。
・加えて核家族化による「親の不安」という要素がいわゆる「コンビニ受診」を増やしていった事情も併せると、「相対的医師不足の進行」「新規参入の減少」「需要(needsというよりはwants)の増大」が大きいと思われる。ここは新規参入を増やしただけではおそらく解決しない問題であろう。

5、(老人、小児以外)「救急医療」

・ここはある程度以上の都会の基幹病院クラスの救急を考える。
・いわゆるたらい回し受け入れ不能問題については、「担当医処置中」「専門医不在」「病棟満床」が理由として挙げられるが、この「たらい回し」報道は、基本的には人口数十万~数百万人クラス以上の都会でしか起きていないことに留意。
・そもそも救急車受け入れを断ることができない田舎や小規模地方都市では起こり得ない状況。したがって、私も経験したことがないので、実はあまりわからない。
・ただ、「専門外」については以前の「加古川病院心筋梗塞訴訟」が大きな影を落としていることは多くの医師が否定しないであろう。
・昔は専門外であっても、まず受け入れてそれなりの処置をすることが医師の美徳とされていたし、初めての手技であってもやらなければ患者死亡が切迫している状況であれば、それをやっても力及ばなかった場合には上級医から責めたてられることもなく、家族からも感謝される状況であったし、それが医師として人として当たり前の対応であった。
・しかし、また別のとある施設で当直の脳外科医が心嚢穿刺に失敗して患者は死亡、病院は訴えられ、敗訴した。穿刺の失敗は医師の過失とされた。専門医にコンサルトしなかったことも過失ととられた。
・つまり、専門医不在の状況で専門外の処置をして失敗した場合はたとえ緊急避難であっても法的にはNGであり、「救急患者を引き受けた時点で」その責任は発生する。診られないとわかっている患者は、例え一時的な処置とはいえ、法的には引き受けることが許されないのだ。
・仮に引き受けて、簡単な処置を行ったとして、では次にそういった地域ではその医師に転院先を探す義務が生じる。見つからずに時間が経過してその間に患者が死亡すれば、それは引き受けた医者の責任となるのだ。
・したがって、都会の病院が林立している地域では必然的に救急患者の受け入れの敷居を高くせざるを得ない。
・更には病床利用率の問題もある。一般に病院の採算ラインは病床利用率90%と言われる。常に満床状態に近い状態にしておかないと、民間病院は潰れてしまうのである。
※余談だが、地域で唯一病床を持つの自治体病院のようなところでは病床利用率90%を超えると別な意味で焦ることになる。こういった病院では満床受け入れお断りは絶対にできない。そうなると地域の安全確保という観点から入院をむしろ減らしにかからないといけなくなる。そういったノルマを病院に課す現在の保険医療体制自体が問題なのだ。
・ここに関しては、不足とか偏在よりも、別次元の問題かなあと、そう思っています。

どれもこれも、医師を大量増産しただけで解決する問題ではありません。
利用者たる住民にも自制が求められるでしょうし、政治的な面もあり、また医療の際限なき拡大は医療費のさらなる増大を招き、国家や自治体を破たんさせます。そこにも配慮が必要です。

言えることとしては、「医師不足」と一言に言いますが、それぞれの分野の医療供給が満足にできないのはその分野なりの理由があって、分野ごとに違う理由で崩壊しているのに、全てを一元的に解決できる方策はありえない、ということかと思います。

医師を「相対的に不足」させる片棒を担ぐような行動をとっていないか、住民も政治も行政も、そして我々医療従事者も、猛省する必要があります。個人的には人手不足を嘆くのは、そのあとかなと、そう思っています。

私の論がもちろん正しいと決まったわけではありません。異論反論提案、いろいろお待ちしております。

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